時平神社トキヒラジンジャ

挿絵

鎮座地

〒276-0045 千葉県チバケン八千代市ヤチヨシ大和田オオワダ793

  • 投稿者ぐっさん
    (13件)
    投稿日:訪問日:
    評価:2 “時平神社由来”

    時平神社四社(ときひらじんじゃよんしゃ)は、千葉県八千代市にある四つの時平神社の総称である。下総三山の七年祭りにもかかわりが深い。御祭神はいずれも左大臣藤原時平。
    平安時代初期、時平は若くして左大臣まで登り栄達するが、菅原道真を太宰府に左遷させた張本人とされる。道真が左遷先で亡くなる、ほとんど直後というタイミングで、自身も39歳の若さで死去。
    その死は当然のことながら道真の祟りと囁かれた。ある意味では、日本における天神信仰の確立を担ったことになる。
    四社ともいずれも由緒や情報に乏しく、なぜこの地域に四社もの時平神社が集中しているのか不明。特に、大和田は慶長15年(1610年)に、萱田町は元和元年(1615年)に、それぞれ江戸初期に相次いで創建している。
    当地域には、時平はじめ親族が次々と亡くなってしまう状況に対して悲観した、時平の妻子や一族が当地に移り住み、特に時平の娘である高津姫の伝承が残されている。それが同市内に鎮座する高津比咩神社につながる。
    当地域はまた、菊田神社に代表されるように、平安時代末期に流罪となった藤原師経・藤原師長の上陸地にも近く、当地で祖先の時平を奉斎したとも伝わり、時平に対する信仰はもともと厚い地域柄ではある。下総三山の七年祭り(千葉県指定文化財)
    数えの七年目ごとの丑年と未年に行われる船橋市、八千代市、千葉市、習志野市の4市・9社にまたがる壮大な祭りです。
    その年の9月13日に小祭が営まれ、続いて11月の上旬に船橋市三山の神揃場(かみそろいば)から二宮神社にいたる神輿の昇殿参拝と千葉市幕張の磯出式を中心とした二日間にわたる大祭が営まれます。

    この祭りの伝説は、藤原時平の子孫が久々田(習志野市津田沼)に流れ着き、深山(三山)に住み着いた後二宮神社の神主になり、また、高津には時平の娘が住み着いたというものです。祭りに参加する9社には役割があり二宮神社(船橋市三山)は夫・父、子安神社(千葉市畑)は妻・母、時平神社(八千代市大和田・萓田町)は息子・長男、八王子神社(船橋市古和釜)は末息子、高津比咩神社(八千代市高津)は娘、菊田神社(習志野市津田沼)は伯父、大原大宮神社(習志野市実籾)は伯母、子守神社(千葉市幕張)は子守、三代王神社(千葉市武石)は産婆に当たると考えられてきました。

投稿した写真 全1枚