枝光八幡宮

挿絵

御祭神

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    境内にある咳の神様
    投稿者mohayatada
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    注連掛石と二の鳥居
    投稿者mohayatada
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    境内にある「撫牛」と「神馬」が見えます。
    投稿者mohayatada
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    咳封じの神様…枝光八幡宮
    投稿者chako
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    龍神様手水舎
    投稿者パピコ
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    階段です。190段
    投稿者toshiaki_ishimoto

口伝 全4件

平均評価(4件中): 3口伝をもっと見る
  • 投稿者mohayatada
    (20件)
    投稿日:訪問日:
    評価:3“咳どめの神様”

    中臣神社は昔、「中臣様」といって咳どめに効験がある神様として村人から崇められ、咳どめ祈願の参拝をして全快したときは、そのお礼として白粉団子をお供えする風習がありました。

  • 投稿者mohayatada
    (20件)
    投稿日:訪問日:
    評価:3“境内にある「中臣神社」の由來”

    枝光の西北約900メートルの付近は、もとは入海で、そこに中富島という小島がありました。むかし神功皇后がこの地を通過するとき海路の安全を祈願するため重臣「中臣烏賊津連」(なかとみのいかつのむらじ)に命じて道祖神を祀らせたことから、中臣島と呼ぶようになり、のち中富島と書くようになったそうです。そこには中臣神社がありましたが、その地が八幡製鐵所に買収されたため、明治39年に枝光八幡宮境内に移設されました。ちなみに「中臣烏賊津連」は「大化の改新」で有名な「藤原(中臣)鎌足」の先祖と云われています。

  • 投稿者mohayatada
    (20件)
    投稿日:訪問日:
    評価:3“「枝光」という地名の起り”

    古の昔、神功皇后をお迎えするために、地の豪族「熊鰐」が近くの熊本山(現高炉台公園)から賢木(榊)を伐り出し、其の三つの枝に鏡、剣、曲玉の三種の神器を掛け、舟の舳先にお立てし、もてなしたと「日本書紀」は伝えています。そこから「枝三」→「枝光」となった、また熊鰐が三種の神器を榊に掛けた時、枝の所で光ったことから「枝光」とよばれたとも云われています。因みに、「熊鰐」の末裔は現在「波多野」姓となっています。こちらの宮司さんも「波多野」さんでした。他の神社にも「波多野」姓の宮司さんが多くいらっしゃるようです。「熊鰐」の末裔だらけ?

鎮座地

〒805-0006 福岡県フクオカケン北九州市八幡東区キタキュウシュウシ ヤハタヒガシク諏訪スワ2-1-14

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