愛知 尾張瀬戸駅

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愛知の新着口伝

  • 投稿者稔.Shimizu
    (4件)
    投稿日:訪問日:
    評価:5 卍臨渓院|犬山市 “犬山城主の菩提寺”

    こちらから眺める犬山城は素晴らしい光景です。犬山の誇りとしてこれからも永きに渡り存在する寺院であり続けられます。

  • 投稿者伊藤進康
    (1件)
    投稿日:訪問日:
    評価:5 ⛩天宮神社|江南市 “芸者さんたちが参っていた。”

    通常御蛇御寺(おじゃごじ)と呼ばれており、白蛇が祭ってあるそうです。
    昔は命日(不明)には大勢の芸者さんたちがお参りに来ていたそうです。そのときは店屋も出ていたそうです。
    大正から昭和にかけて近所の”たま”という人の夢枕におじゃごじの白蛇が立ち神社のお守りをお願いしてきたそうで、その人が境内の清掃を行っていたそうです。

  • 投稿者塩山泰聖
    (1件)
    投稿日:訪問日:
    評価:3 卍安国寺|額田郡幸田町 “三河国太平山安国寺略縁起”

    三河国太平山安国寺は、暦應二年(西暦1339年)、室町幕府の征夷大将軍であった足利尊氏及び直義が、国分寺、国分尼寺の例にならい、全国68か所に建立した寺院の一つで、開山は夢窓疎石禅師で建立当初は京都西山の等持院を本山とする臨済宗でした。
    室町幕府が滅びて後、幾度か戦火に遭い、ことごとく灰燼と化し大破しましたが、境内は良く残り、寺伝には「東西十町四方ありと…」記されております。
    また、「当時、寺には住職無く荒れるに任せ、戦国乱世の頃は武人が隠れ住み、読書をもって自養せり」とも伝えられております。
    徳川時代、将軍家綱の万治年中(西暦1658~1661年)に曹洞宗に転派し、以後、中興開山七代法雲閑察大和尚は住職する事五十年に及び学徳あり、その名高く村中の男子は、ことごとくその筆子であったと伝えられております。
    特に当時の額田郡坂崎村の領主「大久保彦左衛門忠経」は帰依すること篤く、寺のよそおいを新たにしました。
    現存する本堂は当時の建物(平成15年に屋根を修復)であります。
    鎮守として薬師如来・荼吉尼尊天・聖観世音菩薩・十二支守本尊をお祀りしています。