秋田 神道 祭神

建御名方神
御祀りをしている施設一覧※
諏訪神社
- 祭神:健御名方大神
- 大仙市大曲上大町12-22
本荘神社
- 祭神:建御名方命
- 由利本荘市尾崎7
米内沢神社
- 祭神:健御名方神
- 北秋田市米内沢寺ノ上1
新波神社
- 祭神:健御名方神
- 秋田市雄和新波樋口16
飛鳥神社
- 祭神:建御名方命
- 由利本荘市川口上菖蒲崎6-16-2
鹿渡神社
- 祭神:武御名方之命
- 山本郡三種町鹿渡腰巡35-1
古四王神社
- 祭神:建御名方命
- 大仙市大曲古四王際30
秋田諏訪宮
- 祭神:建御名方富命
- 仙北郡美郷町六郷本道町19
五里合神社
- 祭神:建御名方命
- 男鹿市五里合中石上今沢荒野30-2
一日市神社
- 祭神:健御名方神
- 南秋田郡八郎潟町一日市318
八幡神社
- 祭神:健御名方命
- 南秋田郡井川町八田大倉八幡1
諏訪神社
- 祭神:建御名方命
- 大館市花岡町神山107
諏訪神社
- 祭神:建御名方命
- にかほ市象潟町関三平田57
諏訪神社
- 祭神:健御名方命
- 南秋田郡八郎潟町夜叉袋一向堂17
諏訪神社
- 祭神:武御名方命
- 由利本荘市万願寺九日町29
保戸野神社
- 祭神:建御名方富命
- 秋田市保戸野すわ町5-32
稲荷神社
- 祭神:健御名方命
- にかほ市芹田高磯63
日吉神社
- 祭神:武御名方神
- 秋田市上北手猿田大場沢76
諏訪神社
- 祭神:建御名方大神
- 大館市大茂内諏訪台89
諏訪神社
- 祭神:健御名方神
- 仙北郡美郷町土崎八幡殿54
諏訪神社
- 祭神:建御名方大神
- 大仙市角間川町艮18
稲荷神社
- 祭神:武御名方神
- 男鹿市角間崎楢沢15
本城神社
- 祭神:武御名方神
- 北秋田市本城下館ノ下10
駒場神社
- 祭神:健御名方大神
- 大仙市太田町駒場羽黒堂4
諏訪神社
- 祭神:建御名方富大神
- 由利本荘市長坂上長坂48
諏訪神社
- 祭神:健御名方富命
- 大仙市下深井高田126
桂清水神社
- 祭神:建御名方神
- 大館市比内前田前田袋10
諏訪神社
- 祭神:健御名方大神
- 大仙市藤木下野中76
諏訪神社
- 祭神:建御名方神
- 由利本荘市岩野目沢岩野目沢133
中山神社
- 祭神:武御名方大神
- 大仙市内小友森東106
秋田の御祭り・縁日・行事一覧(2021年度)※
秋田の新着口伝
- 投稿日:訪問日:
七座神社|能代市 “縁起(秋田神社庁より…)”
今から約1300年前の斉明天皇4年、阿倍比羅夫が水軍を率い、蝦夷征伐のためこの地まで赴いた。
この軍に対し、齶田(アギタ)・渟代(ヌシロ)・肉入籠(シシリコ)の蝦夷は『私たちは弓矢を持っていても決して敵対するものではない。「齶田の浦神」(七座山天神宮)に誓って申し上げる』と許しを乞うた。
首長「恩荷(オガ)」のこの言葉に、比羅夫は彼等の降伏を認め、馳走してねぎらい、七座神社には船一そうと五色の綵帛(しみのきぬ)を奉納して、この地域の平和と発展を祈願したという。(日本書紀)
また、天正18年、豊臣秀吉が北條氏を討ち果した際、故あって織田信雄公が秋田に流された。
その時、家臣浜田与衛門が主君のため一心に七座天神宮に祈願し、その御加護によって無事帰ることができたと伝えられている。
藩主佐竹公も、代々七座神社を信奉し、巡国のたびに詣で、掛軸や刀剣類を奉納し、社殿の造営にも多額の募財を献じている。
明治15年、県社に列せられる。
もともと、境内から米代川原に通ずる石段を上り下りしての参拝だったのは、阿倍比羅夫が船を繋いだという故事によるものであり、今なおその古ぼけた43段のきだはしは、信心の篤い崇敬者の「お参りの道」となっている。 - 投稿日:訪問日:
大日靈貴神社|鹿角市 “ユネスコ無形文化遺産”
大日堂舞楽(だいにちどうぶがく)は、秋田県鹿角市八幡平の大日霊貴神社(=大日堂)に伝わる民俗芸能。毎年1月2日に奉納される。「舞楽」の名称がつけられているが、地元ではザイドウ(祭堂、在堂)あるいは大日堂祭堂と別称されており、宮中や大社などで伝承される舞楽(舞を伴った雅楽)とは異なるもの。
舞を担うのは「能衆(のうしゅう)」と呼ばれる舞人らで、旧家を中心に四つの集落(小豆沢、大里、長嶺、谷内)がそれぞれの舞を分担して継承している。当日、能衆らは早朝より舞台元の舞(神子、神名手、田楽、権現の舞)を行ってから隊列を組んで大日堂へ参進し、午前8時の修祓を経て神社の階下や堂内にて舞・儀式・祭典を繰り広げる。次いで9時40分頃より本舞に入り、正午までにはすべての舞を納める。本舞は権現舞に始まり、駒舞、烏遍舞、鳥舞、五大尊舞、工匠舞と続き、田楽舞で終わる。
718年(養老2年)行基が大日堂再建の折りに舞楽を奉納したのが始まりともいわれるが、創始に関しては不明とされている。大日堂については大日如来に帰依して長者となった「だんぶり長者」の娘が両親を弔うために建てたとの伝説がある。
1976年(昭和51年)に重要無形民俗文化財の国指定を受け、2009年(平成21年)にユネスコの無形文化遺産に登録された。
新年を表す季語「大日詣(だいにちまいり)」は大日堂舞楽のこと。 Wikipediaより…。