青森 西野・上屋田線

挿絵

青森の新着口伝

  • 投稿者福眞睦城
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    ⛩大杵根神社|弘前市 “廃社となって存在しません”

    平成年中、廃社となり、すでに社殿はなく、跡地は幼児公園となっています。

  • 投稿者福眞睦城
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    卍弘前仏舎利塔|弘前市 “戦没者慰霊の塔”

    弘前市各地から望むことが出来る大きな石・コンクリート製の塔である。大東亜戦争終了前に着工、完成した「忠霊塔」が本来であったが、終戦後に仏舎利が奉安され「仏舎利等」と名を変えている。ただし、今も塔正面には「忠霊塔」と明瞭に記されている。忠霊塔としての規模は相当なもので、著名な宮崎県のものに劣らないだろう。現在は管理者不在にちかい状態で、内部に入ることは出来ない。ごくごくまれに、内部で戦争関連の展示などが行われることがあるが、広く告知されることはない。現在も陸上自衛隊、旧隊員ら有志によって夏に周辺の草刈りが行われ、慰霊の場所としての品位を維持しているが、塔そのものの荒れは目立つ。周辺にはかつての陸軍墓地墓石塔がまとめられているが、供養が現在はされていないだろう。塔内にも戦没者骨壺が、今から40年ほど前にはならんでいたが、10年ぐらい前には相当少ない数が残るだけになっていた。しかし、戦後75年を経て、未だに土に、親族の元に帰れない遺骨がこの中に存在する事実は忘れてはならない。ここは、慰霊の塔である。

  • 投稿者福眞睦城
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    ⛩青森県護国神社 社務所|弘前市 “旧招魂社から護国神社へ”

    戊辰戦争後に、戦没者慰霊の招魂社が建立され、その流れを受け継いで弘前城内北の丸に鎮座する。以後、青森県内の日清日ロせ、第一次大戦、大東亜戦争の戦没英霊を祀る。例大祭は4月29日昭和の日に当たる。桜の名所、弘前城内に位置するため、例大祭は爛漫の桜に彩られて厳執される。また、9月上旬には永代神楽祭が執行され、県無形文化財指定「津軽神楽」が神職の手によって数番奉納される。創建以来150年余を歴し、境内には各種の石碑・祈念碑が所在するが、正面鳥居をくぐって左に、黒御影石の「軍艦津軽之碑」がある。これは大東亜戦争で歴戦、フィリピン沖で戦没した機雷敷設艦戦没者慰霊碑である。かつて、同艦は艦内神社として青森県護国神社を勧請した。この縁によって当社内に軍艦慰霊碑が所在する所以である。戦没の6月29日には有志による慰霊祭が執行され、進水式に使われた軍艦旗が掲揚される。