福岡 尾島バス停

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福岡の新着口伝

  • 投稿者mohayatada
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    ⛩枝光八幡宮|北九州市八幡東区 “境内にある「中臣神社」の由來”

    枝光の西北約900メートルの付近は、もとは入海で、そこに中富島という小島がありました。むかし神功皇后がこの地を通過するとき海路の安全を祈願するため重臣「中臣烏賊津連」(なかとみのいかつのむらじ)に命じて道祖神を祀らせたことから、中臣島と呼ぶようになり、のち中富島と書くようになったそうです。そこには中臣神社がありましたが、その地が八幡製鐵所に買収されたため、明治39年に枝光八幡宮境内に移設されました。ちなみに「中臣烏賊津連」は「大化の改新」で有名な「藤原(中臣)鎌足」の先祖と云われています。

  • 投稿者mohayatada
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    ⛩日吉神社|北九州市若松区 “日吉神社御由緒”

    日吉神社がこの二島の地に鎮座されたのは、今より(平成元年)遡ること1180余年の前の時代、即ち人皇第五十二代嵯峨天皇の御代に近江国(滋賀県)の日吉神社の御分霊を遷座されたと伝えられる。かように歴史の古いことは、この若松、島郷一円の総社を仰がれていた社であったことの証左であります。後世には、花房城主麻生遠江守の尊崇が特に篤く、正月田、三月田、五月田と奉賛の誠を捧げた寄進田の地名が残っています。今の二島(東二島、二島町)は商工業の発展が著しく、今後の進展は期して俟つものがある町であります。

  • 投稿者mohayatada
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    ⛩勝山勝田神社|北九州市八幡東区 “后(きさい)の清水”

    乳山神社の摂社(えだやしろ)勝田神社境内にある清水。「神功皇后自ら此の水にて清浄を究め必勝を祈り奉る」