全国 名所・観光地

令制国 二之宮以下
令制国において、一之宮に続き高い社格を持つとされている神社一覧。
名所・観光地一覧
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恩智神社
- 畿内 [論社] 河内國二之宮
- 大阪府八尾市恩智中町5-10
泉穴師神社
- 畿内 和泉國二之宮
- 大阪府泉大津市豊中町1-1-1
聖神社
- 畿内 和泉國三之宮
- 大阪府和泉市王子町919
積川神社
- 畿内 和泉國四之宮
- 大阪府岸和田市積川町350
日根神社
- 畿内 和泉國五之宮
- 大阪府泉佐野市日根野631-1
小宮神社
- 東海道 伊賀國二之宮
- 三重県伊賀市服部町1158
波多岐神社
- 東海道 伊賀國三之宮
- 三重県伊賀市土橋752
多度大社
- 東海道 伊勢國二之宮
- 三重県桑名市多度町多度1681
大縣神社
- 東海道 尾張國二之宮
- 愛知県犬山市宮山3
熱田神宮
- 東海道 尾張國三之宮
- 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1
知立神社
- 東海道 三河國二之宮
- 愛知県知立市西町神田12
猿投神社
- 東海道 三河國三之宮
- 愛知県豊田市猿投町大城5
鹿苑神社
- 東海道 逺江國二之宮
- 静岡県磐田市二之宮1767
二宮神社
- 東海道 逺江國二之宮
- 静岡県湖西市新居町中之郷320
豊積神社
- 東海道 駿河國二之宮
- 静岡県静岡市清水区由比屋原185
御穂神社
- 東海道 駿河國三之宮
- 静岡県静岡市清水区三保1073
若宮神社
- 東海道 伊豆國二之宮
- 静岡県三島市大宮町2-1-5
浅間神社
- 東海道 伊豆國二之宮
- 静岡県三島市芝本町6-3
美和神社
- 東海道 甲斐國二之宮
- 山梨県笛吹市御坂町二之宮617
玉諸神社
- 東海道 甲斐國三之宮
- 山梨県甲府市国玉町1331
甲斐奈神社
- 東海道 [論社] 甲斐國四之宮
- 山梨県笛吹市春日居町国府361-1
川勾神社
- 東海道 相模國二之宮
- 神奈川県中郡二宮町山西2122
比々多神社
- 東海道 相模國三之宮
- 神奈川県伊勢原市三ノ宮1472
前鳥神社
- 東海道 相模國四之宮
- 神奈川県平塚市四之宮4-14-26
二宮神社
- 東海道 武藏國二之宮
- 東京都あきる野市二宮2252
秩父神社
- 東海道 武藏國四之宮
- 埼玉県秩父市番場町1-3
金鑚神社
- 東海道 武藏國五之宮
- 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮751
橘樹神社
- 東海道 上總國二之宮
- 千葉県茂原市本納738
三之宮神社
- 東海道 上總國三之宮
- 千葉県長生郡睦沢町北山田360
玉崎神社
- 東海道 [論社] 下總國二之宮
- 千葉県旭市飯岡2126-1
祭り・行事一覧(2023年度)※
全国の新着口伝
- 投稿日:訪問日:
宗光山 教順寺|広島県 “教順寺”
東広島市八本松原にある浄土真宗のお寺です。綺麗な境内に親鸞聖人の大きな像があります。
敷地内に将棋サロン等も催しされ、地元の方がよく利用されているようです。
隣に市立保育所、前に内科、周辺に農協や郵便局あり、地元の方には身近なお寺なのではないかと思います。 - 投稿日:訪問日:
石上神宮|奈良県 “布瑠部の御鈴守 (ふるべのおすずまもり)”
ひふみよ・・・の祝詞に関係する魂振りの御鈴です。
中々参拝に伺えないので^^;ご連絡をさせて頂き、送って頂きました。
綺麗な桐箱に入っており、とても上品で可愛らしい御鈴です。
我が家の太刀守りにさせて頂きます。
感謝☆ - 投稿日:訪問日:
狭山八幡神社|埼玉県 “狭山八幡神社”
御祭神 菅原道真公
境内社 八雲社、琴平社、大鷲神社、入間川神社
正慶二年西暦1333年に新田義貞が鎌倉の北条高時を攻めた時、義貞の守護神八幡大菩薩の像を成円寺に奉納して戦勝を祈願し、大勝を得たので、八幡大菩薩の像を神体として、社を造営した。
後に、清水八幡と並んで新田八幡と呼ばれた。
慶安二年に両八幡宮領五石一斗余、牛頭天王領三石七斗余、別当成円寺領一石余合わせて十石の朱印を受けた。
その後入間川村に疫病が流行し、村人が多く亡くなったので、成円寺住職某は寺鎮守牛頭天王に祈り”五香湯”の薬方を得て、これを施し、患者を救う。
この薬は近隣に聞こえ人々は争ってこれを求めた。
この『縁起』に「新田八幡」と見えるのが当社である。
本殿は享和二年の再建であり、周囲の壁面を中心に見事な彫刻に飾られている。
正面扉脇彫刻裏に「上州勢多郡上田澤湧丸、並木源二襍訓作、享和壬戌夏六月彫之。
上野國勢多郡深澤郷上神梅村、鏑木半二郎邦高彫之、享和二戌年六月ヨリ七月七日迄」の墨書がある。
『明細帳』に「元来八幡八雲両社ハ真言宗成円寺ニテ進退シ来リシモノ明治二年住職錟光寺ヲ廃シ神主トナリ青田義寛ト称シ、同七年村社八幡神社ノ社掌トナレリ」とあり、明治期の事情がうかがえる。
現在境内社となっている八雲神社は『縁起』の寺鎮守牛頭天王で、『風土記稿』に「牛頭天王社 社領三石七斗余、慶安二年御朱印、神体木像、村の鎮守」とあり、明治初めに社名を変更したものである。
(「埼玉の神社」より)