埼玉 神道 祭神

大山咋神
御祀りをしている施設一覧※
寳登山神社
- 祭神:大山祇神
- 秩父郡長瀞町長瀞1828
- ★観光名所
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 川口市赤山218
萩日吉神社
- 祭神:大山咋命
- 比企郡ときがわ町西平1198
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 越谷市相模町6-481
御嶽大神社
- 祭神:大山祇命
- 深谷市新戒1562
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 鶴ヶ島市上新田104
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- さいたま市中央区円阿弥5-1-23
日吉神社
- 祭神:大山咋神
- 比企郡嵐山町将軍沢425
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 鴻巣市小谷1505
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 川越市寺尾641
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 比企郡ときがわ町大附672
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 日高市駒寺野新田101
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 越谷市東町3-100-1
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 上尾市原市3705-1
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 川越市小仙波町1-4-1
赤城久伊豆神社
- 祭神:大山祇命
- 熊谷市石原1007
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 東松山市日吉町10-28
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 川越市上戸316-1
神明山王神社
- 祭神:大山咋神
- 日高市高萩2035-4
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 三郷市笹塚54-2
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 児玉郡神川町植竹602
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 加須市志多見1374
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 児玉郡神川町四軒在家134
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 比企郡川島町正直1
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 本庄市児玉町吉田林山王山925
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 比企郡ときがわ町田黒1199
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 熊谷市八ツ口922
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 行田市小針日枝1990
日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 川越市下新河岸55
香取日枝神社
- 祭神:大山咋神
- 北葛飾郡杉戸町才羽720-1
埼玉の御祭り・縁日・行事一覧(2021年度)※
埼玉の新着口伝
- 投稿日:訪問日:
氷川女體神社|さいたま市緑区 “氷川女體神社案内(案内板より)”
氷川女体神社は、県内屈指の古社で大宮氷川神社とと もに武蔵国一宮といわれてきた。社伝では、崇神天皇の 時につくられたと伝えられている。
祭神は奇稲田姫命で、大己貴命と三穗津姫命が合祀さ れている。
大宮の氷川神社(男体社)、大宮市中川の中山神社(簸 王子社)とともに見沼とは深い関係にあり、祭礼の「御 船祭」は見沼の御上で行われていた。しかし、享保一二 年(一七二七)に見沼が干拓され、これに代わって出島で 「磐船祭」が行われるようになった。
この氷川女体神社には鎌倉、室町時代の社宝が多く、 三鱗文兵庫鎖太刀(国認定重要美術品)、牡丹文瓶子(県 指定有形文化財)、大般若波羅蜜多経(同)、神輿(同) は特に著名である。
江戸時代には社領五〇石が寄進されており、現本殿は 徳川家綱によって再建された。
また、境内の社叢は市指定天然記念物であるとともに 県のふるさとの森として保護されている。 - 投稿日:訪問日:
氷川神社|さいたま市大宮区 “氷川神社案内(参道案内より)”
氷川神社は、社記によると代五代孝昭天皇の三年四月未の日の創立と伝えられる。
当神社は、古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており、 「大宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。
古くは景行天皇のとき、日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され、また成務天皇の とき、武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し、氷川神社を奉崇し たと伝えられる。その後、聖武天皇(七二四~四九年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ、つい で称徳天皇の天平神護二年(七六六)には、朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(三戸)が寄進さ れた。さらに醍醐天皇の延長五年(九二七)の「延喜式神明帳」には、名神大社として破格の月次 新嘗の社格が与えられている。
このほか、鎌倉時代には、治承四年(一一八〇)に源頼朝によって社殿の再建と社領三千貫が 寄進されたといわれ、足利、北条氏も相次いで尊仰した。その後、江戸時代の慶長九年(一六〇 四)には、徳川氏より社領三百石が寄進され、また、文禄五年(一五九六)と寛文七年(一六六七) には社頭の整備と社殿の造営が行われている。
その後、明治元年(一八六八)東京遷都に際し、当社を武蔵国の総鎮守「勅祭の社」と定めら れ、明治天皇みずから親拝になった。同四年官幣大社となり、同十五年に本殿・拝殿などを改 造し、さらに昭和十五年に本殿・拝殿・回廊などを造り変え、現在の景観となっている。
祭神は須佐之男命・稲田姫命・大己貴命。
例大祭は八月一日。そのほか神事の中で特に有名なのが十二月十日の大湯祭である。 - 投稿日:訪問日:
調神社|さいたま市浦和区 “調神社由緒(境内案内板より)”
当社は天照大御神、豊宇気姫命、 素戔鳴尊の三柱を祭神とする 延喜式内の古社にして古くより朝廷 及び武門の崇敬篤く調宮縁起に よれば第九代開化天皇乙酉三月 所祭奉幣の社として創建され 第十代崇神天皇の勅命により 神宮斎主倭姫命が参向此の清ら かな地を選び神宮に献る調物を納 める御倉を建てられ武総野の初穂 米調集納蒼運搬所と定めらる。 倭姫命の御伝により御倉より調物 斎清の為め当社に搬入する妨げと 為、鳥居、門を取拂はれたる事 が起因となり現今に到る