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律令制下で国家の監督・保障を受けた主な寺院の一覧。
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[勅願寺] 国家鎮護・皇室繁栄を祈願して創建された祈願寺

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祭り・行事一覧(2025年度)

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  • 投稿者oomiti-goroumaru
    (1件)
    投稿日:訪問日:
    ⛩竈山神社|和歌山県竈山神社

    {式内}静火神社

  • 投稿者かかし
    (71件)
    投稿日:訪問日:
    ⛩熊野神社|静岡県熊野神社

    ★750年の歴史にピリオド 廃社は今でもひっそりと★

    用宗には、かつて3社の神社(熊野・八幡・浅間)がありました

    2010年以降、2社が浅間神社に合祀され1社となります

    2社のうちのひとつであったここ熊野神社
    合祀をうけて寂しい事に廃社となってしいました

    こんなに立派な神社だったのに今は浅間神社の一境内社に
    御祭神様はどんな気持ちなんでしょうね
    (ノд・。) グスン

    創建は1270年とかなりの歴史があり、当時は今駒社と言う名前でしたが1872年熊野神社に改称されました

    1975年8月当時の氏子戸数は59戸で用宗5丁目の東部に住んでいる住民たちでして、その後は「おくまのさん」という愛称で親しまれていたと言います

    熊野神社の由来

    昔この辺に住んでいた信心深い女性「いの」

    1527年11月15日に海辺で潮を汲んでいると、蛇が梛の実(なぎのみ)を咥えて泳いできました

    「いの」は柄杓(ひしゃく)を差し出し、神様ならば入れるでしょうと声をかけると、蛇はすんなり柄杓に入ったといいます

    神様だと確信した彼女はこの蛇を祀るため新村左近衛門というお侍の土地に仮の宮を造りました

    その後1536年に伊藤新太郎の土地に移され、もっと立派な社殿を建て「熊野大権現」と称されるように


    そんな熊野大権現さんは馬嫌いだったのか神社前を馬で通ると落馬することが多発しました

    それで当時この神社前では馬乗りが禁止されていたようです

    【御祭神】
    ・伊邪那美命 (イザナミノミコト)

    ・速玉男命(ハヤタマノオノミコト)
    伊邪那岐命が黄泉の国から戻る際、伊邪那美命に対し吐いた唾から生まれた神
    なんちゅう生まれ方やねん!と突っ込みたくなりますが悪い縁を切り、良い方向へ導く神とされています

    ・事解男命 (コトサカノオノミコト)
    伊邪那岐命が黄泉の国から戻る際、伊邪那美命との別れの際に生まれた神
    この別れは"死と再生""過去と未来"を象徴し、悪い縁を切り、良い方向へ導く神とされています

    いずれ用宗町内会提供資料による

    駐車場:ありません
    御朱印:廃社なのでありません

  • 投稿者かかし
    (71件)
    投稿日:訪問日:
    ⛩浅間神社|静岡県浅間神社

    ★海の町だが農業推し!?そのギャップが神々しい★


    用宗地区に残っている浅間神社

    全国的に浅間神社は富士山信仰の神社として知られており、用宗の浅間神社も富士山を産土神や水の神として祀り、豊作や豊漁を祈願する神社であったと考えられています

    ゆえに当然御祭神は富士山の女神 木花咲耶姫命/コノハナサクヤヒメノミコトです

    創建された年代は不明ですが、江戸時代中頃には社地を持つ神社であったと推定されており、1863年には社殿が再建されました

    かつての氏子は用宗1丁目から4丁目に住んでいる人々で、1975年8月の時点では戸数が920戸でしたが熊野神社や八幡神社と合祀された後では用宗1丁目から5丁目までの全域が氏子となっています


    浅間神社の祭りはすべて農業に関係するもので、漁業に直接関係する祭りは見られません

    超絶海に近いのに不思議ですね

    ですが境内にはサバ船の碇が奉納されており、これは航海の無事を祈る意味が込められています

    かつての用宗には、地主と船元を兼ねた有力者が多く存在しており、鳥居や石碑の中には、そうした人々が寄贈したものが数多く見られます

    また、漁師たちが航海の安全を祈って神社を訪れることも多かったようで、祭事は行われていないものの、浅間神社と漁業とのつながりが深いことがうかがえます

    【境内社】
    浅間神社には、4つの境内社があります

    ・熊野神社/八幡神社
    近くにあった熊野・八幡を2010年以降合祀
    ・水神社
    水を司る神様ですがこれまた海とは無縁神
    水田や水源地などと関連するので"田の神"と結び付けられます
    かつて小坂川にかかる水神橋のほとりにありましたが、橋の拡張によつてここに勧請されました
    ・津島神社
    津島神社は、須佐之男命と牛頭天王を祀る御霊信仰の神社
    須佐之男命は災厄を祓う神として信仰され、牛頭天王も疫病除けの神とされました
    中世以降は神仏習合により両者は同一視されましたが、明治の神仏分離で祭神は須佐之男命に戻ります
    用宗で最大規模の祗園祭は、浅間神社ではなく津島神社の祭りとして行われています。
    ・左富司社
    富士山に関連する社
    一般的な神社ではないため用宗特有の氏神と想像できます