徳島 仏教 宗派・教義

真言宗 大覚寺派
- 宗派本尊
大日如来
- 大本山
嵯峨山 大覚寺

万福寺- 徳島市吉野本町5-2
持宝寺- 徳島市応神町古川東178
弘誓寺- 徳島市下助任町2-31
昌光寺- 板野郡上板町椎本板東465
真楽寺- 美馬市脇町田上692
三宝院- 名西郡石井町高原中島73-1
西福寺- 徳島市入田町笠木268
龍光寺- 美馬市木屋平谷口263
西福寺- 阿波市阿波町五明129-1
二見山観音寺 - 海部郡美波町奥河内本村78
本福寺- 徳島市福島2-3-5
医光寺- 吉野川市山川町久宗150
般若寺- 海部郡美波町西由岐後山19-1
白圭山長圓寺 - 海部郡美波町東由岐
浄土寺- 名西郡石井町石井城の内826
地蔵寺- 阿南市津乃峰町西分143
宝聚寺- 小松島市江田町腰前170
東照寺- 徳島市福島2-3-7

法谷寺- 徳島市南庄町2-3-2
正通寺- 板野郡北島町鯛浜
幸福寺- 徳島市北矢三町2-8-12
享保寺- 美馬市穴吹町穴吹戎16-1
光泉寺- 美馬市穴吹町三島舞中島1444
自性寺- 徳島市川内町大松407-1
薬師寺- 徳島市北田宮4-1-20
光明寺- 阿南市橘町荒神上38
阿弥陀寺- 徳島市応神町吉成轟18
源久寺- 徳島市寺町88
東禅寺- 名西郡石井町高川原南島49

向陽山福蔵寺 - 徳島市佐古二番町8-4
徳島の新着口伝
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杉尾神社|板野郡藍住町 “改築の碑より一部参照”祭神は天石門別八倉比売命(あめのいわとわけやぐらひめのみこと)と申しこの地に奉斎された年代は不詳なるも村民は杉尾大明神と尊称し深く崇拝す。
投稿日:訪問日:
春日神社|小松島市 “春日神社略縁起”当地、和田島の地は那賀川の堆積によって自然的に造成され往古は住民も少なく
漁する人々が この地を訪ねるくらいであった。その昔漁師がこの沖で網を入れて
居ると大きな岩が入り何回 捨ててもはいるので不思議に思いよく岩を見ると春日
大明神と輝いたので驚き奉斎された。霊示により 現今の霊地に社殿を建て鎮祭、
以来この地の氏神として尊崇す。(阿波誌)に春日祠 和田島に在り松樹扶琉側に
若宮在り。
寛文十二年(一六六一年)(現存最古棟札)ご 社殿再建す。近時 昭和二十四年
に社殿改築なすも老朽と狭隘の為改築せんと昭和六十三年正月に起工式 を挙げ若宮社、八幡社を相殿に奉斎す。
この間 昭和七年に海岸国有地十町五反三畝歩を大蔵省より壱阡七百拾五円九 拾七銭で買収した、この社地を利用者に譲渡し改築資金に充当し氏子崇敬者の浄財四阡有余萬円併せ 壱億弐阡余萬円で近郷稀に見る荘厳草麗なご社殿の完成を見た、この改築には氏子民はもとより遠くアメリカに在住する 当地出身者の方々からもご浄財が寄せられ氏子崇敬者の心の故郷として老松の垣間に金色燦然と輝きご神威 益々普き給う。茲にその縁起の概略を記して江湖敬神探勝の士に示す。
昭和六十三年 十月記
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唯称山 福成寺|板野郡藍住町 “飛脚地蔵伝説”時は戦国時代、阿波の大名三好長治に当寺の住職さんが京都の三好長慶へ手紙を持っていくように頼まれた。
住職は朝一番に出発しょうと、地蔵尊の前に手紙を置き、一睡もせずに朝を待った。出発の前に手紙を確認すると、預かった手紙はなく、かわりに長慶からの返事の手紙があった。
一晩で京都までいってくれた地蔵尊を阿波福成寺の飛脚地蔵と呼ぶようになったと言うこと。
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