東京 神道 祭神

建御雷之男神
『古事記』では、高天原から地上の支配権を譲り受けるため降り立ち、建御名方神と力くらべをしたとされる神。このときの戦いは相撲の起源とも云われる。
- 主な奉祭先
鹿島 系列春日 系列

鹿嶋神社- 武甕槌神
- 品川区大井6-18-36

札次神社- 武甕雷命
- 町田市小山ケ丘3-17-2554

袖ヶ崎神社- 武甕槌命
- 品川区東五反田3-6-20

中井御霊神社 - 武甕槌命
- 新宿区中井2-29-16

鹽竈神社- 武甕槌命
- 港区新橋5-19-7

亀戸香取神社 - 武甕槌神
- 江東区亀戸3-57-22

池袋御嶽神社 - 武甕槌命
- 豊島区池袋3-51-2

亀有香取神社 - 武甕槌大神
- 葛飾区亀有3-42-24

御穂鹿嶋神社- 武甕槌命
- 港区芝4-15-1

宮前春日神社 - 武甕槌命
- 杉並区宮前3-1-2

豊鹿嶋神社- 武御加豆智命
- 東大和市芋窪1-2067

春日神社- 建御賀豆智神
- 大田区中央1-14-1

高砂天祖神社 - 武甕槌命
- 葛飾区高砂2-13-13

多武峯内藤神社 - 武甕槌命
- 新宿区内藤町1

小松川神社- 武甕槌命
- 江戸川区小松川3-1-2

奥戸天祖神社 - 武甕槌命
- 葛飾区奥戸2-35-16
平井春日神社- 武甕槌命
- 西多摩郡日の出町平井3690
鹿島玉川神社- 建御雷之男神
- 青梅市長淵2-519

下小松天祖神社 - 武甕搥命
- 葛飾区新小岩4-40-1

春日神社- 武甕槌命
- 青梅市野上町1-38

興之宮神社- 鹿島神宮
- 江戸川区興宮町18-26

西小松川天祖神社 - 武甕槌命
- 江戸川区西小松川町1-3
藤倉春日神社 - 武甕槌命
- 西多摩郡檜原村藤原9260

三社殿- 武甕槌命
- 足立区足立3-28-13
祭り・行事一覧(2025年度)※
東京の新着口伝
投稿日:訪問日:
玉藏院|足立区 “八百万の神 管理人様へ(足立区コンプリート ※ご確認後、コメント削除可)”足立区の写真アップ完了しました。
同区はマップ未リンクで電子御朱印を取得できなかったスポットが多かったので、
以下のページについてマップリンクのご確認をお願いいたします。
・玉蔵院
・正楽寺(現行住所は東伊興4-2-1)
・慈眼寺(江北3-24-2)
・善応寺(中川3-3-5)
・専念寺(現行住所は伊興本町2-14-2)
・宝積院
・宝蔵寺(東和2-5-24)
また、相応の規模ながらサイト未登録の寺社も散見されましたので、
以下について追加登録をご検討いただけますと幸いです。
・皿沼稲荷神社(皿沼3-15-10)
・田中稲荷神社(本木北町14-3)
・一ツ家稲荷神社(一ツ家4-2-18)
・本木北野神社(本木南町17-1)(※本木熊野神社の管理社)
・三宮神山 勝専寺(千住2-11)
・神明天祖神社(神明3-18-20)
・題目山 常唱庵(関原2-41-8)
・六木諏訪神社(六木3-26-8)
・足立高砂神社(足立1-27-17)
・関原八幡神社(関原2-35-22)
・足立氷川神社(足立4-35-10)
・西新井氷川神社(西新井本町1-17-32)
投稿日:訪問日:
元宿堰稲荷神社|足立区 “お化け煙突ゆかりの神社、煉瓦造りの本殿”創立は宝暦年間とされていますが、むしろ戦前に当地に存在していた「お化け煙突」の守護神として知られています。
大正末期に千住の地に建造された国内最大級の火力発電所には四本の巨大な煙突が立っていましたが、
角度によって互いに重なり合うなどして見える本数が変化し、
その大きさへの畏敬も込めて「お化け煙突」と呼び習わされました。
その火力発電所の守護神とされたのが、この一帯の総鎮守だった当社で、往時の威光を今に伝えています。
もう一つ特徴的なのが本殿で、普段は外から窺えませんが、珍しい煉瓦造りとなっています。
これは隅田川から良質の土が採れる足立区ではかつて煉瓦製造が盛んで、
戦前には区内に15箇所もの煉瓦工場があったという歴史と無関係ではないでしょう。
事実、調べてみると足立区内には煉瓦造りの祠を持つ小社がいくつも点在しており、
これは他所には見られない傾向なので、区の歴史を裏付ける貴重な証拠といえます。
参考までに以下、足立区内の煉瓦造りの社を列挙しておきます。
・元宿堰稲荷神社(千住桜木3224)本殿
・島氷川神社(鹿浜2-28-4)境内稲荷社
・堀之内氷川神社(堀之内1-7-4)末社稲荷社
・加賀町会会館(加賀2-6-5)山王社
・加賀天満宮(加賀2-18-12)(※拝殿台座が煉瓦造)
・扇公民館(扇3-12-11)裏手の稲荷社
投稿日:訪問日:
幡勝山 炎天寺|足立区 “変わった寺名に歴史あり”炎天寺とは何とも変わった寺名ですが、そこには本地の歴史が関係しています。
時は千余年前の天喜年間、前九年の役に出陣した源頼義・義家父子が旧暦六月の炎天下に当地で苦戦し、
氏神の八幡神に戦勝祈願をしたところ、見事奥州の安倍一族を征討できました。
その後、義家らは戦勝を祝して当地に八幡神社および寺院を建立しましたが、
炎天下の祈願にちなんで寺名とし、一帯の地名も「六月」となったのです。
八幡神は寺の北側に接する六月八幡神社に祀られています。
江戸時代には俳人の小林一茶が当地に滞在し、
有名な「やせ蛙~」の句や、炎天寺に関する俳句を詠んだといい、
その関係で境内には一茶関連の事物が多く見られ、例年11月には一茶まつりが催されています。
東京の記事
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八百万の神 管理人
神崎 悟








