全国 名所・観光地

近代社格 府県社
明治から昭和二十一年の制度廃止まで府・県から奉幣を受けていた神社一覧。
[指定~] 神饌幣帛料供進の指定を受けた神社
名所・観光地一覧
江田神社
- 指定県社
- 宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127-イ
生目神社
- 県社
- 宮崎県宮崎市生目345
粟野神社
- 県社
- 宮崎県宮崎市高岡町高浜2186
神柱宮
- 県社
- 宮崎県都城市前田町1417-1
母智丘神社
- 県社
- 宮崎県都城市横市町6691
東霧島神社
- 県社
- 宮崎県都城市高崎町東霧島1560-イ
今山
八幡宮 - 県社
- 宮崎県延岡市山下町1-3875
安賀多神社
- 県社
- 宮崎県延岡市古川町327
榎原神社
- 県社
- 宮崎県日南市南郷町榎原甲1134-4
霧島岑神社
- 県社
- 宮崎県小林市細野4937
都萬神社
- 指定県社
- 宮崎県西都市妻1
白鳥神社
- 県社
- 宮崎県えびの市末永1479
狭野神社
- 県社
- 宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田117
舞鶴神社
- 県社
- 宮崎県児湯郡高鍋町上江1345
槵觸神社
- 県社
- 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井713
伊邇色神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市下伊敷2-9-30
鹿児島神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市草牟田2-58-3
谷山神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市下福元町3786-3
智賀尾神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市郡山岳町176
月讀神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市桜島横山町1722-8
松原神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市松原町3-35
鶴嶺神社
- 県社
- 鹿児島県鹿児島市吉野町9698-2
加紫久利神社
- 県社
- 鹿児島県出水市下鯖町1272
紫尾神社
- 県社
- 鹿児島県出水市高尾野町唐笠木777
白羽火雷神社
- 県社
- 鹿児島県薩摩川内市平佐町3630
志奈尾神社
- 県社
- 鹿児島県薩摩川内市宮里町3102-ロ
徳重神社
- 県社
- 鹿児島県日置市伊集院町徳重1787
住吉神社
- 県社
- 鹿児島県曽於市末吉町二之方3995
韓国宇豆峯神社
- 県社
- 鹿児島県霧島市国分上井898
大穴持神社
- 県社
- 鹿児島県霧島市国分広瀬3-1089
祭り・行事一覧(2025年度)※
全国の新着口伝
- 投稿日:訪問日:
神益麻志神社|静岡県 “神益麻志神社”
★「大朝神社」か「伊加麻志神社」か?伝承が交錯する神社★
神益麻志神社(かんますましじんじゃ)と読む神社で創建の年代や由緒は謎に包まれています
古代の神社リスト『延喜式神名帳』に記載されている伊豆国田方郡の
「大朝神社」または「伊加麻志神社」
のどちらかではないかと推測されているようで諸説あります
◇伊加麻志神社じゃね? 説
静岡の昔の地紙『静岡県神社誌』にて竹村茂正氏(明治時代の国学者)が「大朝神社」は神益村の駒形神社である可能性を指摘
しかし、神益地方には現在駒形神社は存在していない為、大朝神社ではないと推測
また神益地方には「伊加麻」という名の谷が存在することからも、神益麻志神社とも何らかの関連がある可能性が指摘されています
◇大朝神社じゃね? 説
『式内社調査報告』(日本全国の神社をたくさんの学者が調べまくった報告書)では「大朝神社」=「大麻神社」であるとする説あり
神益麻志神社の社号に「麻」が含まれていることや、御祭神が伊勢の麻続氏の祖神とされることから、もともとは大麻神社であった可能性が高い
さらに「伊加麻志神社」は益山の頂上(伊豆市堀切)にすでに同名の式内社が鎮座していることもあり大朝神社説が濃厚
と、ここの厳かな雰囲気には似合わない水面下のバトルはあるようですが、どちらにしてもその雰囲気は変わらないようです
(^―^)
【御祭神】
長白羽命 ナガシラハノミコト
天岩戸隠れの神話に登場し、麻を植えて青和幣/アオニキテ(麻の布)を作った神
その事より機織りの神様とも言われています
駐車場:路駐スペースあり
御朱印:見当たりませんでした - 投稿日:訪問日:
三島神社|静岡県 “三島神社”
★三島大神が降臨した場所とされる神社★
創建の詳細こそ不明ですが数々の伝記にこの神社が記されているようです
・平安中期に書かれた伊豆における神社の記録簿『伊豆国神階帳』
「従四位上 をゝつゆき姫の明神」と記されている
・平安時代の神社リスト、延喜式神名帳に記載されている神社(式内社)である大津往命神社/オオツノユキノミコト
この神社と同一であると推測もされています
・『伊豆国式社考略』伊豆の延喜式神名帳に記載された神社を考察した文献
妻良村三島神社の二座のうちの一座を大津往命神社として紹介
・正中2年(1325)社記
「神代の昔 三島大神と溝樴姫と御船にて渡来たまい 当浦より上がりたまうとみえ 一座は姫神なるも所由あり 村名の妻浦も姫神鎮座の地なるより 比賣浦の略と聞こゆ」と記載
なんのこっちゃ分かんないので日本語訳 (;^_^A
「神代の昔、三島大神と溝樴姫が御船に乗って渡ってこられ、当浦(現在の場所)から上がってきたようです。三島大神一座は姫神であり、その由来には理由があります。村名の妻浦(現在の地名)は姫神が鎮座している場所であることから、比賣浦(姫神に関連する場所)という名が由来していると伝えられています。」
どうやら平安時代から続くめちゃくちゃ古い神社のようですね
【北条水軍妻良衆の力石】
境内には重量280kgある力石と呼ばれる大石があります
戦国時代、伊豆を平定した北条早雲に仕えていた妻良衆は、村田一之助を頭領とする強い水軍でした
その勇猛さで「伊豆衆」として名を馳せ、日頃の訓練にはこの力石を持ち上げていたとの事
特に北条氏と豊臣氏の戦いの前、妻良沖で敵の斥候を捕らえた武士が功績を称えられた際、軽々とこの石を持ち上げたと言われています
まるで、筋肉自慢の武士たちが「これが私の力だ!」と石でアピールしていたかのようですね
【御祭神】
大津往命 オオツノユキノミコト
ここオリジナルの神様のようで元は大津(大きな港)を守護する姫神と考えられていました
上記の『伊豆国神階帳』では をゝつゆき姫の明神 として登場
社記での溝樴姫がそれにあたるとされています
大国主命(三島大社の御祭神)の后であり子に事代主命(恵比寿さん)を持ちます
本殿前に賽銭箱がふたつありました
神様毎に違うのかしら? - 投稿日:訪問日:
大井神社|静岡県 “大井神社”
★古き日よ 大洪水を 超えて今★
むかし、その昔大沢地区の「古森」という里に大井神社が建っていたのですがある日の大洪水で神社は濁流に飲み込まれて流されてしまいました
その後の話では
ご神体は島田宿に住む薬屋のおばあさんの家の前に流され、村の代表者たちが島田に向かいご神体を受け取り、元の場所に戻すこととしたのですが神様の意向で分神だけを持ち帰った
というのが島田に伝わる一般的なお話
島田市御仮屋にある「大井神社 御旅所」の石碑が建てられている個所が薬屋の場所とされているといいます
ですが昔話には別説がつきもの
大沢より流されたご神体はここ田代にたどり着き、この神社が建てられたというもの
他にも神座の大井さんも流されてきた説に名乗りを上げており、片目の竜となって辿り着いたという一歩上を行く主張をされているようです
神社同士での大井さんの取り合い
なかなか興味深いですね
( ̄ー ̄)ニヤリ